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モンゴル平成の和魂継承芸術展
開催報告

会期 2018年5月30日

会場 モンゴル国立美術館

 

2018年5月31日。

記念すべき1日が過ぎたモンゴル・ウランバートルの朝――。
昨日の興奮に心臓の鼓動が昂ぶり、緊張が抜けないまま目覚め、寝不足の目を擦りながら朝刊を手にし、目に飛び込んで来たものは――。
『日本の珠玉たる芸術作品250点が国立美術館の壁面に!』
モンゴル最大手の新聞社が発行した新聞の見出しには大きくこう書かれていました…

モンゴル――。
その名前を聞くと誰しも想像するのは、モンゴリアンブルーと称される、澄み切った蒼い空と果てしなく続く雄大な大草原、遊牧民がゲルを構え、民族衣装を纏い、ホーミーを歌いながら家畜とともにゆっくりと流れる時間を過ごしている…
そんなイメージを持つのではないでしょうか…

しかし、この10年で発見・採掘された豊富な希少地下資源により急激に発展し、モンゴルの首都ウランバートルは、モンゴル全人口約300万人のうち、およそ半数の150万人以上が生活し、そのマンパワーと、海外からの投資なども加わり、街では空を見上げると、そびえたつクレーンが林立し、終わりのない程にも思える建設ラッシュと、日本車を始めとする海外製の車が街を行き交い、その車が夜中まで埋め尽くすほどエネルギッシュな都市へとその姿を変えていきました。

2年前の6月に行われたアートパネル展『モンゴル英雄作家光臨芸術祭』の終了後、モンゴル・日本芸術文化交流会実行委員会がモンゴル国立美術館側から頂いた数々のお言葉の中で、『これだけの来観客を集めたイベントは過去にもほとんどありませんでした。是非また素晴らしいイベントを当館で行って下さい』と仰って頂き、約1年間度重なる打ち合わせが行われていきました。

その結果、モンゴル国民にも、さらには世界中からお越しになる来観客に、一過性では無く、長く愛される物を展示したい。という美術館と実行委員会の理念が一致し、そして、モンゴル国教育・文化・科学・スポーツ省(文部科学省)、在モンゴル日本大使館、駐日モンゴル大使館の正式な後援を頂き、民間と行政ともに注目するイベントとして、アートタイル展『モンゴル平成の和魂継承芸術展』が正式に2018年5月に行われる運びとなったのです。

2018年5月30日開催当日――。
前日までに職人達の手によって貼り付けられた250枚のアートタイルたちは、モンゴルの蒼空をイメージした幕が掛けられその中で、その姿が世に出る時を静かに待っていました――。

モンゴル平成の和魂継承芸術展開催の日。その日のウランバートルは、開催を歓迎するかの様な蒼い空広がり、まるで真夏を思わせるほどの太陽の光が降り注いでいました。

そのウランバートルの中心地に、白を基調とした旧ソビエト式建築に、モンゴル独自の意匠を組み合わせた勇壮な建築物、モンゴル国立美術館があります。

開館前の9時――。
モンゴル国立美術館の周りにはホテルやオフィスビル、レストランなども軒を連ね、平日という事もあり、ビジネスマンやOL、学生達が美術館の前を次々と通り過ぎていく姿が見えます。そこにスタッフ達がイベントのポスターや看板を設置に向かうと、とある女学生から、『今日ここで日本人芸術家たちのアートタイルの除幕式と、実演パフォーマンスがあるのよね?今日は学校が終わるのが早いから必ず行くわ!』と、思いがけない声を掛けられる場面もありました。実は当展覧会は、ひと月前の4月末よりテレビやラジオで一か月間コマーシャルが流されており、ウランバートルに住む人々に知れ渡っていたのです。

イベント開始の12時半――。まばらだった来観客は、イベント開始時間には賑わいを見せ、日本人アーティストによる実演パフォーマンスが始まりました。パフォーマンスブースではあっという間に人垣が出来、研ぎ澄まされた技法と、傑出した日本芸術に初めて触れ、館内では来観客により、至る所で拍手やカメラのフラッシュの音、感嘆の声が聞こえてきました。

モンゴル国
ダムディン・ツォグトバータル外務大臣

除幕式と授賞の式典が始まる14時に差し掛かる少し前、館内ではテレビ局や新聞社等の報道陣が撮影の準備の為、入念にカメラチェックをしている最中、会場入口付近から騒めきが起きました。それは、今回のイベントで祝辞を述べる為に、現職のモンゴル国外務大臣ダムディン・ツォグトバータル氏がお越しになったのです。これは報道関係者を始め、来観客にも一切知らされていませんでした。この突然のサプライズには理由がありました。実はツォグトバータル外務大臣には今年の2月に外相対談の為来日した際、開かれたパーティーにて代表の志知正通が是非5月のアートタイル展に来て下さいと直接オファーを出していたのです。もちろん御公務が多忙を極める中でしたので、正式にお越し下さるか決定はしていませんでした。しかし、モンゴル・日本芸術文化交流会の13年間に渡る日蒙芸術友好交流の功績と、そして日本人アーティストの先生方が日本とモンゴルの友好の為、と作られたアートタイルの式典にはぜひ参加したい、との強いお気持ちから、当日開かれていた国会の会議終了後、急いで駆けつけて下さったのです。

右から、モンゴル国 教育・文化・科学・スポーツ省 B. セルゲレン文化政策局長、モンゴル国 ダムディン・ツォグトバータル外務大臣、在モンゴル日本大使館 林伸一郎参事官、弊社代表 志知正通

そして、『それではただいまよりアートタイルの除幕式を行います。』と司会の声が響いた時、騒然とする館内は一変して粛然とした空気に包まれました。アートタイルが納められた壁には、来館者が一斉に詰めかけ、ツォグトバータル外務大臣、在モンゴル日本大使館 林伸一郎参事官、教育・文化・科学・スポーツ省 B.セルゲレン文化政策局長、弊社代表の志知正通の4人が除幕紐に手を掛けると、今か今かと待ち焦がれた来観客から発せられる会場の熱気は最高潮になりました。

『3・2・1、どうぞ!』
4人の手で降ろされた幕からは、両国の美術識者で組織されたモンゴル・日本芸術文化交流会の実行委員会の先生方が日本全国から鋭意選出された、油彩画、水彩画、日本画、水墨画、鉛筆画、書道、彫刻、工芸、切り絵、人形、フラワー、ジュエリー、短歌、俳句、川柳、詩、写真などで構成された250枚のアートタイル達が見事に姿を表しました。

アートタイルの周りには、モザイクタイル専門作家Katsu氏が手掛けた、モンゴルの伝統楽器“馬頭琴”をイメージした縁取りが施され、4機の専用のスポットライトが放つ純白の光を浴び、その姿はまさに日本とモンゴルの永遠の友好の象徴であると、その場にいた全ての人々が感じ、美術館全体が震えるほどの拍手と喝采が起きました。

その後セレモニー会場に移り、開会の挨拶では弊社代表志知が壇上に上がり、静かにマイクを取りました。『13年前に初めてモンゴルの地を踏み、今日この日を迎えることは想像も出来ませんでした。様々な方々のお力を頂きながら少しずつ歩んで参りましたが、歴史に残るこの度の事業に携われたことを、大変光栄に思います。当イベントにご助力下さった皆様、お集り下さった皆様、そして日本のアーティストの先生方、心より感謝申し上げます。モンゴル国立美術館の一部となった日本のアートタイル達がモンゴルの方々のお力によって、世界中の皆様に愛されることを祈念致しまして、挨拶とさせていただきます。ありがとうございました。』

これまでのいくつもの協力と過程を経て、この日を迎えられたという最大の感謝と、感動の思いが通訳を通して伝えられると、たくさんの笑顔と共に会場全体に拍手が響き渡りました。

弊社代表 志知正通

『続きまして、モンゴル国外務大臣ダムディン・ツォグトバータル様よりお言葉をご頂戴致します』と司会が言葉を放つと、席を立つ大臣に会場にいる人々の視線が注がれました。

『先程、アートタイルの除幕式に参加し250枚の作品を拝見して、なんと美しいオブジェだと感動致しました。そしてこれは本当の意味での日本とモンゴルの友好のシンボルであると思いました。日本とモンゴルは近年様々な経済協力で手を取り合って進んで参りましたが、会場にお集まりになられた皆様の笑顔を拝見していると、こういった文化交流こそ、両国の真の友好関係が深まって行くのではないかと感じました。今日この日を迎えられたことにモンゴル国を代表して感謝し、このイベントを機会に更なる両国の友好の発展を祈念致します。ありがとうございました。』

モンゴル国
ダムディン・ツォグトバータル外務大臣

大臣が静かに一礼すると、そこにいるすべての来館者はその堂々としたお言葉と振る舞いに目を奪われ、一時の静寂の後、大きな拍手が会場を包みました。

大臣の挨拶が終わると、次に在モンゴル日本大使館・林伸一郎参事官から祝辞が述べられました。『本日、「モンゴル平成の和魂継承芸術展」の除幕式を迎えられたことに、心からお慶び申し上げます。日本とモンゴルが外交を樹立して、今年で46年目となります。ただ、この46年という間に250点という、大変多くの芸術家の方々の作品を一つの会場に展示するという規模の大きな行事はこれまで例を見ません。一つ一つの芸術作品が陶器のタイルに凝縮されて、長くモンゴルの皆様の目を楽しませるという展示も極めて画期的なものだと思います。モンゴルの方々に「和魂」…日本人の魂を芸術作品を通じてご紹介下さる素晴らしい企画にご参加いただきました日本の皆様に心から感謝申し上げます。そしてこの行事にご協力賜ったモンゴルのすべての関係者の皆様に深く御礼申し上げます。』

参事官の真摯な眼差しと、実直なお言葉に、会場の人々は静かに瞳を閉じ、深く頷き、そしてたくさんの拍手が巻き起こりました。

在モンゴル日本大使館
林伸一郎参事官

そして、美術館の天窓から昼下がりの陽の光が会場を照らし、祝辞を述べられた両国代表の言葉に胸を打たれた人々が前を見据える姿は、国境という垣根を取り払い、まさに日本人とモンゴル人の心が一つとなった瞬間でした。

その後もアートタイルの前には人垣が絶えず、仕事を終え、汗をかきながら来場するビジネスマンやOLたち、校外学習で先生に引率され、制服姿で来場する小学生たち、ウランバートル郊外からテレビコマーシャルを見て楽しみに来たという家族連れや近所に住む老夫婦等、様々な人々が目を輝かせてアートタイルの前で、一枚一枚のアートタイルの詳細を紹介するタッチパネル式のタブレットを操作し、語り合いながら思い思いに時間を過ごす姿がありました。

当日の様子がモンゴル国営放送のニュース番組で大々的に報道されました

会場には最後まで絶えることなく来場者が訪れましたが、閉館の18時を迎え、皆、今日という日を名残惜しそうに後にし、「モンゴル平成の和魂継承芸術展」が幕を閉じました――。

そして、閉館から1時間と余り――。
モンゴル国営放送では、この日の歴史的なイベントの様子を伝えるニュースが、大々的に報道されました。

和魂――。
日本人固有の精神。大和魂。
辞書を引くとそう記されています。

「モンゴル平成の和魂継承芸術展」は現地の新聞にも取り上げられました(クリックで拡大)

昨今、日本芸術が持つ伝統的な趣や奥ゆかしさ、また近未来的な発想の豊かさ等が度々世界中で取り上げられ、注目を浴びています。古き良き昭和時代から、現在の平成時代に移り変わり、この30年間でこの世のあらゆるものが変貌を遂げていきました。その平成がまさに終わりを告げようとしていく中、また一つの和魂が海外モンゴルの地に残されました――。
そしてその和魂はこれから先、モンゴルの人々、そして長きに渡ってモンゴル国立美術館を訪れる世界中の人々の心に刻まれ、笑顔という多くの大輪の花を咲かせていくことでしょう――。

平成の次の時代が、
平成を超える、
笑顔が溢れる世の中になることを願って――。
文/田村 芳明

『モンゴル平成の和魂継承芸術展』・後日談

~M.Y.Y.コミュニケーションズの日本芸術作品とモンゴルへの想い~

モンゴル・日本芸術文化交流会 モンゴル芸術事業部 部長 バヤラー・ブジマー女史との対話

「私の運命が大きくかわった瞬間……思えば、それは今から12年前にモンゴル国立美術館で、日本の芸術文化とふれてからでした。それから今日まで、ほんとうにいろいろなことがありましたね。そう。まるで今こうして、私たちが目にしている光景そのもののように」
ウランバートル市内が一望できるザイサンの丘で、弊社代表の志知正通の隣に立つ女性――その双の瞳には、朝陽で黄金色にいろどられた美しくも険しい山々と高層マンション群に囲まれた街並みが映っています。無事に『モンゴル平成の和魂継承芸術展』を終えて、感涙の涙を浮かべる彼女は、本展覧会を始め、過去のあらゆるモンゴル美術展を成功に導いてくれたバヤラー・ブジマー女史。
志知正通は、バヤラー・ブジマー女史の言葉とともに改めて、大勢のモンゴル国民に囲まれ、大成功を収めた『モンゴル平成の和魂継承芸術展』に至るまでのことを想い出していました。

はじめて、日本全国で、ご活躍されている芸術家の先生方の想いを胸にモンゴルの地に降り立ち、美術展を行った時に聞いたモンゴル国民のみなさまからの歓迎の声。
耳を澄ませば、モンゴル語に混じって、届いた「ありがとう」という日本語と満面の微笑み。子どもや学生はもちろん、大人や御年配の方々も、日本の芸術作品に手を合わせて、拝むように鑑賞していた姿は、生涯忘れることはないでしょう。

通訳のスタッフの方からは、「モンゴルの人々にとって、太古の昔より芸術は尊きもの。さらにそれが日本の芸術文化となれば、なおさらですよ」と云われ、社運を賭けて、モンゴル国際大学とともに挑んだ和の宝珠美術館(※日本の芸術文化とふれあえる美術施設)の建設――当初は半年で完成する予定だったものが、蒙日両国での文化の違いに加え、気候などの影響を受けて、完成までに5年もの歳月がかかりました。それも過去のこととなり、和の宝珠美術館は、今年でめでたく開館5周年を迎え、建設当時よりも施設の規模が拡大され、現在では次世代を担う学生たちから連日のように感謝の声が寄せられています。
日本の芸術家の先生方に宛てて……。

その後も、モンゴルで日本芸術の展覧会を何度も開催し、たくさんの人々の支持を得て、ようやく辿りついた大舞台。それが『モンゴル平成の和魂継承芸術展』
――モンゴルで唯一の“国立美術館”へ日本の芸術作品(和魂)を収め、長期に渡って、常設展示するという夢のような企画へと結びついたのでした。

――「まさにザイサンの丘へ通ずる階段を登ってきた気分ですね」
にわかに春の風が吹き、バヤラー・ブジマー女史の言葉を耳にして、そっと目を閉じる志知正通。脳裏には、『モンゴル平成の和魂継承芸術展』で感じたモンゴル国民の心の躍動がよみがえってくるかのよう。

モンゴル国外務大臣であるダムディン・ツォグトバータル氏にも参加していただいた除幕式の瞬間――250枚のアートタイルと馬頭琴をモチーフにしたモザイクタイルの額を前にし、やむことのないカメラのフラッシュと絶賛の声に包まれた会場内。その場にいた弊社スタッフたちは瞬時にして、心にご出展いただいた芸術家の先生方のお顔や声を想い浮かべておりました。
ひとつの芸術作品が誕生するまでの想いや制作にまつわるエピソード。はたまた制作過程での苦労話など、そのすべてが凝縮されたもの――それが蒙日友好の証アートタイルへと姿を変えました。

芸術家の先生方のことを胸に抱き、モンゴル・日本芸術文化交流会の監修のもと、幾度となくアートタイルの試作を繰り返した日々。一切の妥協も許さず、色彩を忠実に再現すると同時に色褪せることがないように特殊な加工を施し終え、アートタイルが完成した時、我々はどれほどに嬉しかったことでしょう。さらに250点の絵画、工芸、陶芸、詩歌、写真、きりえ、フラワーデザイン、書道などのあらゆる芸術ジャンルがひとつとなり、モンゴルの人々から贈られた感謝の気持ちに思わず、弊社スタッフたちは胸が熱くなりました。

――「Баярлалааバヤルララー(ありがとう)」

平成という一時代の中で、日本の芸術作品たちが築いた“蒙日友好”の礎。
それを裏で、ずっと支え続けてくれたのがバヤラー・ブジマー女史でした。和の宝珠美術館への定期的な視察や指導はもちろんのこと、モンゴル国営テレビや新聞社への広報活動、モンゴル国立美術館との契約時のサポートなど、彼女がいなかったら、とうてい実現できませんでした。それでも、いつも謙虚で誠実な彼女は必ず、こう云います。
「私に希望と使命を与え、実りあるものにして下さったのは、日本の芸術家の先生方が制作された芸術作品のおかげです」と――。
「モンゴル・日本芸術文化交流会の実行委員長である美術評論家の長谷川栄先生からも、“バヤラー・ブジマー女史がいるからこそ、モンゴルの芸術事業を安心して任せられます。これからも日本全国でご活躍されている芸術家の皆様が制作された心の篭った芸術作品を宜しくお願いします”と託されてきました」ザイサンの丘に広がる景色に蒙日の未来の姿を重ね、バヤラー・ブジマー女史と握手を交わす志知正通。
「はい。かしこまりました。平成時代を象徴とする和魂、すなわち敬愛する日本の芸術家の先生方が創造された大切な作品を新たなる時代へと継承することを誓って……」
バヤラー・ブジマー女史の真摯な眼差しの先には、春の陽光に照らされてきらめくウランバートルの街がありました。

文/V.ゆねりあ