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祷りの空道仙台空港展は平成26年6月10日~24日に渡り、先生方の心温まる想いと多くのご来場者様、関係者の方々に支えられて、開催することが出来ました。

本展覧会のテーマは、東日本大震災によって被災された多く方々に日本全国でご活躍されている芸術家の先生方が制作された作品のアートポスターと、今年生誕370周年を迎える松尾芭蕉が纏めた『おくのほそ道』に集録された被災地に所縁のある作品を通して、応援メッセージを伝える事でした。

そして、展覧会が行われる前日の6月9日。
この日は、弊社スタッフによって、展覧会場の設営をさせていただきました。今年は、例年と比べ、全国的に梅雨入りが早く、濃霧が仙台市内を覆っており、幽玄な景色をつくりだしていました。

その美しい景色とは異なり、仙台空港では、欠航や遅延が相次ぎ空港内での待機を余儀なくされてしまった旅行者でいっぱいでした。そのような折、出発の時間を待つ傍ら、展示したばかりのアートポスターをじっくりと鑑賞されている方々がたくさんいらっしゃって、こんなお言葉もいただきました。「飛行機の遅延のおかげで、こんなにも素晴らしい作品を見ることができるなんて! まさにこれは、幻想的な霧が運んでくれたプレゼントですね」と。

さらに展示の作業を進めていると、懐かしいメロディーが胸に響いてきました。
「ささの葉 サラサラ のきばにゆれる お星さま キラキラ 金銀砂子……」
この季節になると仙台空港では『七夕さま』の歌で施設全体を満たし、お客様をお迎えするそうです。

今回の展覧会でのマスコットの七夕の笹に先生方の願いが託された短冊を飾っていると、一組の親子がお手伝いをしてくれました。
弊社スタッフたちと一緒に笹の枝を飾りながら、お母様が色んなお話をしてくれました。毎年、家族総出で手作りの笹飾りをすること。七夕をお祝いするのが家族の楽しみだということ。また、5色の短冊の意味や豪華絢爛に行われる仙台の七夕祭りのことなどを丁寧に教えてくれました。

ふだんから歌を口ずさむのが大好きな弊社代表の志知正通は、そのご家族やスタッフと一緒になって、七夕の歌を口にしながら、大きな笹に短冊を一枚一枚、丁寧に飾り付けました。宝物を扱うように短冊を手にする子供の様子を眺めながら、母親は手を休めて真剣な面持ちで、そっと唇を開きました。
「実は、私たちは、仮設住宅で生活をしているのですが、壁が薄いこともあって、娘を自由に遊ばせてあげられなくて……。やはり、お隣様のことを考えると、どうしても遠慮がちになってしまうんです。でも、本当はもっと元気いっぱいに遊びたいのに我慢しているのが伝わってきて、その姿を見ていると、とても不憫で……」
 そう言って、我が子を見つめるお母様の表情がとても印象的でした。

翌6月10日。展覧会の初日は、昨日の霧がお天道さまと交代し、空はすっきり晴れ渡っていました。その光景を見ていると、まるでこれから始まる展覧会で紡ぎだされる数々の物語に光を照らしてくれているようでした。

「わぁー! すごーい!」
「きてきて! みてみてっ!」

たくさんの元気な声が聞こえ、小さな太陽を思わせる子供たちで会場が埋め尽くされました。それは、空港職員の方々がたくさんの小学生たちを引率して下さっていたのです。
「仙台空港は、子供たちの教育にも尽力しており、中でも社会見学は定期的に行っていて、本展覧会への参加は、“地域の人々と私たちを繋ぐ”絶好の機会でした。本当にありがとうございます!」と、空港職員の方から喜びの声もいただきました。

かつて、パブロ・ピカソが残したの名言の一つに『子どもはみんな芸術家』というのがありますが、会場でアートポスターを鑑賞する子供たちの眼差しを見ていると、その言葉が自然と脳裏に浮かびます。感受性豊かな子供たちの笑顔。その中から、整然と並んだアートポスターを目にして、「まるで大きな短冊が掛けてあるみたいで、素晴らしいわ!」、「僕は、大人になったら、みんなを幸せにできる作品を作るんだぁ!」と様々な歓声が上がり、弊社スタッフの顔も思わずほころんでしまっていました。

その頃――所変わって、杜の都の天神様として、かつて松尾芭蕉が参拝し、仙台市内ある最古の芭蕉の句碑も遺された榴岡天満宮にて、弊社代表の志知正通は、“梅”の古木を目の前にしばらく佇んでおりました。
榴岡天満宮は、菅原道真公と神紋のモチーフになった梅と深い繋がりがあるとされ、仙台市で最も早く開花し、代々地元の方々に愛されているそうです。
正午になり、芸術家の先生方の心が籠った作品のアートポスターを手に志知正通は、ご神納の儀に立会いました。澄みきった空気に包まれた御神前に捧げられるアートポスター。さらに純白な正装に身を包んだ宮司様が祝詞を唱え、ご参加いただいた先生方のご多幸とご活躍、東日本大震災からの一日も早い復興祈願をして執り行いました。

小社代表
志知正通

本展覧会場となった仙台空港は、2012年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震による津波の被害を受けました。この津波は、午後3時50分に仙台湾に到達し、海岸から1キロメートル程しか離れていない同空港には、その直後に大量の海水が流れ込んだそうです。
その当時を振り返り、空港職員の方からは「空港の1階ターミナルフロアの柱には今なお、3.02メートルまで到達した津波の高さを明示する標識がありますが、あの時のことは、とうてい一言では語りきれません。滑走路は冠水し、航空機も流されました。あれから3年が経ち、日本全国で、ご活躍されている芸術家の皆様にご尽力いただき、『祷りの空道仙台空港展』が開催していただけたのは、とても光栄です」というお言葉もいただきました。

今回の展示の場所は、その津波の標識のある1階センタープラザの中央でした。その理由は、「3・11を忘れない。風化させない」という想いもあり、仙台の名所を映し出すメインスクリーンを中心にして、大空を望み、大きな翼を広げた勇姿をモチーフにして、純白のパーテーションを設置して展示されました。洋画・日本画・書道・陶芸・工芸・詩歌・写真・フラワー・ジュエリー・人形など、50点もの作品が同じサイズの額装となったアートポスターは、まさに日本全国の芸術家の皆様が手を繋いでいるように神々しく、鑑賞者の皆様に応援のメッセージを送り続けてくれているようでした。

展示の期間中は、空港を利用されたお客様が何度もアートポスターを鑑賞するために展示会場に足を運ばれることも多く、空港職員の皆様の間でも「アートポスターが橋渡しをしてくれて、地域の方々と絆を深めるきっかけにもなりました」と大きな話題になったそうです。

こうして、人と人の間に和をもたらしてくれた本展覧会も、たくさんの方々に惜しまれつつ、最終日の6月24日を迎えました。

大勢の人々と対話を重ねてきたアートポスターの作品を弊社スタッフが眺めていると、ふと小さなトランクを引いた老夫婦が声をかけて下さいました。お話を伺うと、そのご夫婦は、離れて暮らす娘様にご招待された旅行の出発前に会場に立ち寄られ、飛行機の中では芸術の話に花を咲かせていたのだとか。
「夫婦揃って、楽しい旅行を終えて、またこのように心温まる芸術作品のアートポスターに出迎えてもらえるなんて。こんなにも心に残る展覧会は初めてです。そう思うと、まるで、このアートポスターたちは、みんなを見守ってくれるお守りのようですね」と、一礼して会場を後にされた老夫婦の二人の小さなトランクには、幸せがいっぱい詰まっているように見えました。

榴岡天満宮の奉納証明書
※クリックで拡大

東日本大震災で大きな傷を負った仙台空港は、皆様の希望に満ちた未来を夢見て、人と人が力を合わせることよって、現在では月間30万人の人々が利用するまでになりました。
滑走路では、飛行機は大きな翼を広げて、光輝く大空へ羽ばたいてゆきます。その様子は、不死鳥をイメージして展示したアートポスターのようにも見え、弊社スタッフの胸には、ご参加いただいた芸術家の先生方への感謝の気持ちでいっぱいになりました。

本展覧会を無事に終え、弊社代表の志知正通は感じました。「優れた芸術は心に共鳴し、人々の間に和をもたらし、その空間に目には見えない光を照らしてくれるのだ」と。
この度は、東日本復興祈願のアートポスター展にご参加いただきまして、誠にありがとうございました。ご参加いただいた芸術家の先生方に鑑賞された大勢の人々の温かい想いが伝わることを弊社スタッフ一同、心よりお祈り申し上げます。

文 SUZUKI