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滔々と降る雪景色の岩手県で、M.Y.Y.のスタッフが初めて耳にした言葉は、たくさんの「ありがとう」でした。
2011年12月21日の午前11時――その言葉は、扉を開くと同時に岩手県民会館内を巡ってゆきました。展覧会場は、盛岡市の中心を流れる中津川の河畔に位置し、周囲に広がる美しい自然の景観と調和のとれたモダンな建物。 展覧会場の一階には、書道と詩歌が展示され、大きな階段を経て地下には、洋画・日本画・水墨画・工芸・陶芸・写真・フラワー・ジュエリー・人形などが整然と並び、スポットライトを浴びて、ひときわ輝いていました。 |
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ネームプレートの横には、作家の先生方からのメッセージが添えられていて、作品の総点数は204点。会場の入り口には、親日国家であるモンゴル国とフランスの方々から寄せられた応援メッセージ入りの日本国旗が掲げられています。
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「芸術作品をみていると、不思議なぬくもりを感じますね。まるで、隣に父とか母がいるような気がして……でも、子や孫のような純真な心も伝わってくるんですよね」と写真を撮りながら囁く御婦人。その言葉を聞いて、笑顔で答えた『東日本復興祈願・芸術クリスマス展』の発起人ともなった小社代表・志知正通の脳裏に一つの言葉が浮かびました。 ――「芸術家にとって、作品は自分の子供」 それが2011年3月11日の東日本大震災以降、ニュースや新聞を見聞きする度に胸の中で木霊し、ようやく答えがでたのです。尊敬する芸術家の先生方とともに東日本復興のためにできる大切なことが。 |
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――芸術家の先生方の子ども(作品)の力を得て、自分たちは体を張る! 次の瞬間、志知正通は双の目にニュースで報じられている東日本大震災の爪痕を映し、指は自然と美術評論家・長谷川栄先生宅の電話のダイヤルを回していました。 それから週に一度は社内会議をし、固めたスタッフ同士の団結力。季節が春から夏、秋、冬に変わり、展覧会の日時が近づくにつれて、現地の方々への想いが募ってゆきます。芸術家の先生方の作品を撮影して、カレンダー作りの準備や炊き出し時に提供する料理のレシピも徹夜で考案したりしました。 |
今回の催しによせて心理カウンセラー清田予紀先生、デザイン研究家牧谷孝則先生からメッセージをいただきました。
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東日本復興祈願・芸術クリスマス展に寄せて 清田予紀 心理カウンセラー 心理学講座や講演活動の成果をまとめた著作物多数 |
「岩手の人 沈深牛のごとし・・・ 地を往きて走らず、企てて草卒ならず つひにその成すべきを成す・・・」 これは戦後のある時期、岩手花巻に住んでいた彫刻家・高村光太郎の『岩手の人』という詩の抜粋です。岩手の人々は牛のように慎重で思慮深い。華やかさには欠けるかもしれないけれど、黙々とそして慌てることも急ぐこともなく課題に取り組み、いつしかその成すべきを成す、そんな人が多いと光太郎は感じ入っていたようです。 それと同じ感慨を私たちは今、大きな災害に遭いながらも懸命に前を向いて歩み出している被災地の皆さんから日々受け取っています。復興に向けて黙々と、そして慌てず急がず、一歩一歩着実に。その姿には敬服するばかりです。 インスパイアという言葉があります。「息を吹き込む、鼓舞する、霊感を授かる」と言った意味で使われる言葉ですが、人はインスパイアされると生命力が高まります。そして芸術を生み出す原動力を得ます。 今回、『東日本復興祈願・芸術クリスマス展』の主旨に賛同して出品してくださった芸術家の皆さんは、被災地の人々の姿に心打たれ、インスパイアされた方々ばかりです。それだけにその作品は、生命力にあふれ、芸術性も豊かなはず。それらの作品に直に触れることで、きっと来場者の皆さんもインスパイアされ、新たな一歩を踏み出す勇気を、そして新たな年への希望を手にされることと信じます。 是非、一人でも多くの方々がその機会に恵まれますよう、少々子供じみているかもしれませんが、こっそりサンタクロースにお願いをしようかと思っているところです。 |
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避難を容易にするサインデザイン 牧谷孝則 多摩美術大学デザイン学科前講師 日本サイン学会理事 |
今回の大災害で、被災された方々のことを思いますと、生やさしい言葉では言い表すことができない痛みを感じます。特に、今回の災害を思う時、ある印象深い映像が浮かんできます。それは民家の屋根を越えて襲ってくる大津波を背に逃げ惑う大勢の方々の姿を捉えたものです。私自身がその中の一人であったとしたらきっと、まずどうすれば良いのか、どっちに逃げれば良いのか、避難場所はどこなのかなど次から次へと大きな不安と迷いに駆られ、身が縮んでしまったことだろうと思います。 そんな時、頼りにできるのは情報です。しかし、津波の前に襲った大地震によって送電線網などの電気設備が破壊されていましたから、TV、ラジオ、有線放送などがほとんど使えなくなっていたことでしょう。その上電話類も混乱を極めていました。 いざ避難を始めた時、避難場所はどこにあり、どう行けば良いのか、避難場所に関連する情報が必需ですし、避難場所およびその方向を示すサイン(標識)が全国的に設置されています。下図のピクトグラム(絵文字)をあしらったサインです。今回の被災地の多くの所にもあったはずです。しかし、その設置数は他の自治体の例から推察するに充分ではなかったと思われます。漁村や農村はなおさらだったのではないでしょうか。また、地震、津波にも弱く、倒壊したり流されてしまったものも多かったと推測できます。 今、私たちのNPO法人サインセンターでは、複合災害時にも有効に機能する避難誘導サインのデザインとシステムとして整備する案の作成に取り組んでおり、来春には自治体などに提示する予定です。 この展覧会は被災者及びその関係者の痛んだ心を癒やせればとの願いと、これからの復興に力になれればとの想いから開いたものです。 復興途上で様々な試みや提案、計画が出されつつあります。復興を祈念した本展を一つの機会として、是非復興作業の中で、人々を混乱なく安全に避難場所に誘導することができる避難誘導サイン・トータルシステムが研究、検討されんことを念願して止みません。
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